みなさんは、不安やストレスを感じたとき、その原因についてどのように考えますか?
突然ですが、ここで質問です。
ある日、友人がこんなことを言いました・・・
「さっき、他のグループの人たちがあたなのことを話していたみたいだよ。」
さて、それを聞いてあなたはどう思いますか?

わたしの何について話していたんだろう?悪口かなぁ。
何か気に障ることを言ってしまったのかも⋯。

どんなことを言われてたのか気にはなるけど…
悪口とは限らないし。まぁ、気にしないことにしよう。
自分のことについて何か陰口や批判をされているのではないかと気になってしまうAさん。
一方、「実際、話の内容はわからないから」と、特にそれについて意識しないことにしたBさん。
さて、心の健康という観点で考えると、AさんとBさんではどちらがより望ましい状態でしょうか?
自由に至る唯一の道は、「我々次第でないもの」を軽く見ることである
引用:奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業 ――この生きづらい世の中で「よく生きる」ために
哲学者 エピクテトス
ストア派の哲学者エピクテトスは、
物事のうちには、
- 我々次第であるもの(自分でコントロールできるもの)
- 我々次第ではないもの(自分ではコントロールできないもの)
との両者があり、
このうち「自分ではコントロールできないもの」への過度な執着と、
それを変えようとする無駄な努力が不安やストレスの原因であるといいます。
先ほどの例でみると
自分ではコントロールできないもの | 自分でコントロールできるもの |
---|---|
他人の行動や言動 | 他人の行動や言動に対する自分の判断 |
自分ではコントロールできないことに対し思い悩むAさん。
一方、自分でコントロールできるものに目を向けるBさん。
エピクテトスは、このAさんの「自分ではコントロールできないもの」に対する考え方こそが不安やストレスの原因であると指摘します。
一方で、Bさんのように「自分でコントロールできるもの」に対して目を向け、行動することが真の自由を手に入れる方法であるといいます。
この記事では、
エピクテトスの考えを中心に、
不安やストレスをどのように捉え、そして管理すればよいか、その考え方について詳しくご紹介します。
エピクテトスってどんなひと?

エピクテトスは、ローマ時代のストア派を代表する奴隷出身の哲学者です。
彼自身、慢性的な肢体不自由を抱えるなど多くの困難を経験しながら「真の自由と幸福の追求、精神の自由、何ものにも動じない強い生き方」を説きました。
その教えはのちに、皇帝マルクス・アウレリウスの思想にも影響を与えたといいます。
ストア哲学とは、紀元前3世紀初頭のギリシアで開祖ゼノンによって創設されたヘレニズム哲学の主流学派。
倫理学、自然学、論理学を統合した哲学体系を誇り、実践的な禁欲主義(ストイック)※でも知られる。
※禁欲主義(ストイック)…自分の裁量の範囲内にある物事にだけ、自分の欲望の対象を限定すること。
不安やストレスはなぜ生じるのか?
エピクテトスによれば、不安やストレスが生じる原因は、
事柄それ自体ではなく、その事柄に対する私たちの考え方にあるといいます。
物事には、
我々次第であるもの(自分でコントロールできるもの)と、
我々次第ではないもの(自分ではコントロールできないもの)とがあり、
これらを区別せず混同してしまい、自分ではコントロールできないものに対して、過度な執着や期待を抱くことで不安やストレスが生じるといいます。
そして、自分ではコントロールできないものを変えようとする「無駄な努力」が私たちの心と身体を疲弊させるのです。
不安やストレスが生じる原因は、
- 自分でコントロールできるものと、できないものを混同する
- 自分ではコントロールできないものに対して、過度な執着や期待を抱く
- 自分ではコントロールできないものを変えようと「無駄な努力」をする
権内と権外
エピクテトスは、
我々次第であるものを「権内」
我々次第ではないものを「権外」
という言葉を用いて、不安やストレスをどう捉え、対処するかを説明しています。
不安やストレスを管理するには、
まず、自分を悩ますものそれ自体が権内と権外のどちらであるかを区別しなくてはなりません。
これを「課題の分離」といいます。
課題の分離については、のちほど詳しくご紹介しますが、
ここではまず、権内のものと権外のものにはどのようなものがあるのか見ていきましょう。

権内
(自分がコントロールできるもの、直接影響を与えることができるもの)
- 自分の意思や思考
- 自分の判断や選択
- 自分の欲望
- 自分の行動
- 自分の態度や反応
- 自分の価値観や信念
- 自分の努力や学習 など
権内にあるものは、本質的に自由であり、他人に妨げられない、内的なものをいいます。
権外
(自分ではコントロールできないもの、直接影響を与えることができないもの)
- 自然災害や予期せぬ出来事
- 他人の意見や行動
- 他人の自分への評価
- 生まれ育った環境
- 過去の出来事 など
権外にあるものは、本質的に他者の影響を受け、脆弱で隷属的、他人に妨げられてしまうし、自分のものではないものをいいます。
『課題の分離』の効果
先にも述べたように、課題の分離とは、物事を権内と権外とに明確に区別する作業をいいます。

課題の分離の効果は、
- 人間関係の向上
- 時間とエネルギーの効率的な活用
- 感情のコントロール
をもたらします。
人間関係の向上
自分ではコントロールできない「他者」への過度な期待や依存を避け、
自分の課題と他者の課題を明確に区別することで、自分と他者との間に適切な距離感を保ちながら
健全な人間関係を築くことが期待できます。
時間とエネルギーの効率的な活用
自分ではコントロールできないものに対する無駄な努力を省き、
自分でコントロールできるものに対して時間と労力を集中されることで、生産性が向上します。
感情のコントロール
自分ではコントロールできないものに対して、過度な執着や期待を向けない。
その結果、自分ではコントロールできないものに対するイライラや怒りなどの感情的な対応を
避けることができ、冷静に対処できるようになります。
権内と権外に対するそれぞれの対処法
ここまでは、いかに「課題を分離」することが重要かをみてきました。
自分が抱えている問題や課題を「権内」と「権外」とに区別できたら、
次に、それぞれに対する自分自身の対応や捉え方をみていきましょう。
権内への対応

その問題や課題が「権内」であれば、それに対して
- 自分でコントロールできることを理解し、その事柄に焦点を当てる
- 自分の時間と労力を集中させる
- 自分の態度や行動を変えてみる
- 自分の考え方や解釈を変えてみる
といった対応ができます。
まず、「自分でコントロールできる」ということは、「変えることができる」ということをしっかりと理解しましょう。
例えば、時間が足りないからといって、一日を25時間にするこはできませんが、
24時間の使い方は自分でコントロールすることができます。
たとえ自分の力が及ばない困難な状況でも、それを「成長の機会」であると捉え、対処できることに対して前向きに行動することはできます。
このように、一見、自分ではコントロールできないと思える状況でも、その中に自分でコントロールできるものはあるものです。
その境界線しっかりと見極めることが大切なのです。
権外への対応

その問題や課題が「権外」であれば、それに対して
- 「自分ではコントロールできない」ということをただ受け入れる
- 状況や出来事そのものではなく、それに対する自分の考えや判断が不安やストレスを引き起こしているということを理解する
つまりは、自分でコントロールできないものは「放って」おけばいいのです。
そして、俯瞰的視点をもって、他人事のように捉えてみてください。
ただし、ここで注意したいのは、エピクテトスは、権外のものだからといってそれを見限ったり、拒絶したり、無頓着になれということを提唱しているわけではありません。
物事には「自分ではコントロールできないものがある」ということを理解する。
そして、それに対する過度な執着は避けるようにと注意しているのです。
考えてみよう!
ではここで、冒頭の質問を考えてみましょう。
あなたは、自分が知らないところで自分自身について話題にあがっていたと聞きました。
その内容が良いか悪いかに関わらず、やはり気になるものです。
さて、ここまでエピクテトスの考え方をみてきたみなさんはどのように考えますか?

エピクテトスは、こう考えます。
「他人がすること、言うこと(権外)」それ自体を防ぐことはできません。
ただし、実際に「誰かが自分について何か語っている(権外)」としても、それを「悪口を言っていると判断しない(権内)」ことはできます。
そのこと自体で「自分が害されるわけではないと考える(権内)」ことはできるからです。
エピクテトスは、このようにも言います。
君を侮辱するのは、君を侮辱していると見なす、君の考え方なのである。
君を侮辱するのは、君のことを口汚く罵る者や君を殴る者などではなく、
彼らが君を侮辱していると見なす、君の考え方なのである。
幸せの基準を「権内」に設定する
さて、ここまで、権内と権外の考え方や対応の仕方についてみてきました。
エピクテトスは、これらの考え方を用いて心の自由と幸福についても言及しています。
幸せの考え方や基準は人それぞれです。
それなのに、自分次第でないこと(もの)が幸せの基準にしてしまっていたなら・・・。
つまりそれは、「相手次第である」ことを意味します。
自分がいくら望んで努力しても、その幸せを手にできる保証はありません。
いつまで経っても満たされず、たとえ運良く手にしたとしても、それは不確実であり、いつか自分の手から溢れていくのではないかと常に不安を抱えることになります。
その結果、それらに囚われて生きることになる。
今の時代、SNSなど手元で気軽に「他人の幸せ」や「他人の成功」を覗くことができます。
それはいつしか、「自分の幸せ」や「自分の成功」も同じであるかのように思えてしまう。
エピクテトスは、これらの不要な競争や羨望、嫉妬から開放されたとき、真の自由を得ることができるといいます。
自分の権内にあるものだけが、確実に自由と幸福をもたらす。
真の自由と幸福は、権内にあるものに集中することで得られると主張しました。

「未来」は権内、「過去」は権外
また、「権内」には「未来」も含まれます。
自分の努力や学習、自分の判断や行動次第で、未来は変えることができるのです。
権内のものへ焦点を当て、意識や行動を変化させる。
そして、変化の努力の過程と結果が成功体験となる。
その成功体験はまた、自己成長へとつながる大事な要素なのです。
一方で、「権外」には「過去」も含まれます。
他人の行動や過去の出来事に囚われすぎれば、誤った判断や選択を招き、真の自由を得ることができないだけでなく、あなたの貴重な時間と労力を無駄に費やすことになります。
先にも述べましたが、真の自由と幸福は、「権外」にあるものに心を囚われず、「権内」にあるものに集中することで得られるのです。
他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる
エリック・バーン(精神科医)
まとめ
私たちを悩ます不安やストレスの原因は、
自分でコントロールできるもの(権内)と、できないもの(権外)を混同し、コントロールできないものへの過度な執着とそれを変えようとする無駄な努力から生じます。
不安やストレスを管理するには、まず、その原因が権内のものなのか、権外のものなのかを区別する作業(課題の分離)が必要です。
そして自分の時間と努力の向かう先を権内のものに集中させる。
つまり、不安やストレスを管理するには、
自分次第で変えられること、変えられないことを区別する能力を養い、自分の努力の向かう先をしっかりと見極めることです。
不安やストレスから開放され、真の自由と幸福を得るには、
権外のことに囚われて生きるのではなく、権内のことに焦点を当て自分の判断や行動、態度を変化させることなのです。
正しい方向を向いて努力する先に得られるものが成功体験となり、結果、自己を成長させるのです。
不安やストレスの種(原因)を自己成長の種(機会)に変えていきましょう。
